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どうすればいいかな

普段考えていることをまとめるために書きます。

大学院の辞め方

大学院進学を辞退してから早1ヵ月経とうとしている。今は非常に穏やかな毎日を送っている。就職先はまだ決まっていないが、大学での研究に比べたら全然ましだ。あの時はやりたくもない実験と罵倒される毎日。大学院を辞めたいと周囲の人に相談しても、どこか残念そうな顔で、頑張れよと言われる。中には真剣に辞めた方がいいよとアドバイスをくれる人はいたが、3人に1人くらいだった。半分以上はつらいけど頑張って卒業しなよ、たった2年じゃないか、我慢できるよ。そういうアドバイスだった。

 

そうなってくると辞めたいのに辞めれなくなる。いざ辞めてしまうと相談していた相手が残念に思うのではないか。頑張らないと失望されてしまうのではないか。と考えてしまい中々辞める踏ん切りがつかなくなる。そうして我慢している仮病で休むようになり、引きこもりがちになり、心身ともに良くない状態になる。外歩くのも嫌で、だるくて、憑りつかれた様にyoutubeを見る生活になる。

 

大学院の辞め方その1

教授の教えをまともに聞いて努力する。

教授は生徒のできていないことに対して、容赦のない言葉で指導して下さります。その言葉を真剣に聞いて努力しましょう。普通の人なら1ヵ月もあれば動けなくなります。

朝ミーティングがあると仮病を使って休みます。それに対して研究室のメンバーは何も触れてきません。自分の発表のミーティングに向けての資料作りに努力しても何の効果もありません。罵倒されます。普通の人はこのようなことを続けるとやる気がなくなります。それは高校生が定期試験前に言うやる気が出ない、ではなく、何をしても無駄だという無気力になることを示します。

努力して罵倒され、サボっても何も言われないと人は学習して無気力になります。昔のある拷問に、穴を掘らしてその穴を埋める作業をさせ続けるというものがあるそうです。人は無意味な行為をし続けると拒否反応を起こします。なので教授の罵倒に真剣に取り組み努力することで拒否反応が出てくるのを待ちましょう。そうすれば辞める決心がつきます。

 

補足。

もちろんこのような教授は特殊です。必ずしも教授の罵倒が無意味だとは限りません。むしろ適格なアドバイスをくれることが多いです。ただ大学院を卒業する人はみな教授の言うことは話半分に聞いています。7割の話はスルーします。相槌すら適当でかまいません。これだけは間違えないです。

 

大学院の辞め方その2

研究室の人間関係を希薄にしていって下さい。コツは、早く帰る。ミーティングの無い日は来ない。飲み会では話掛けられるまで話さない。話しても、そうですね、のみ。こうすればどんな人間関係も希薄になります。研究室の人と仲良くなってしまうのが一番厄介です。研究室のつらさを知っている上で頑張っている人たちはつらくて辞めようとしている人に対して、俺も同じだから一緒に頑張っていこう、と言います。これは非常に辞めづらくなる言葉です。なのでそうなった場合はその人の言うことを真剣に聞いて努力しましょう。そうして無気力になれば人間関係すらどうでもよくなる瞬間が訪れます。そうなってきたら人間関係を希薄にするチャンスです。

 

補足

つらい研究室にいる学生は皆さんとても良い人です。教授の罵倒を受けて、人には優しく接しようとする態度がものすごく見られます。しかも優秀な方々なので一生付き合いがあっても損はないです。むしろとても大事な人物になること間違いなしです。なので基本的には仲良くしましょう。辞めたくなった時には徐々に距離を置いていって下さい。

 

大学院の辞め方その3

過去の大学院生の苦労を綴ったブログを見る。「大学院 辞めたい」で検索したらいろんなブログがヒットします。そういうブログを見て自分がこのようにはなりたくないと思いましょう。中には大学教授のブログがあり、やる気のない学生について意見しているものもあります。それを見てそういう人と付き合っていきたいか考えてください。本当に多くのブログが参考になります。そして、大学院を辞めても案外生きていけるんだということもわかります。大学院を辞めた後の進路、辞めるまでに至った心境、すべて糧になると思います。そういった文章に触れて辞める勇気を持ちましょう。

 

最後に

自分に正直になれば大学院を続ける、辞める、に関わらず楽しく生きていけると思います。意地で続けるのも良い。できるだけ努力するのも良い。手を抜いても良い。諦めて辞めるも良い。一番ダメなのは誰かの期待に応えようとすることだけです。特に大学院生は学生です。誰かの期待に応える必要はありません。正直に頑張れるとこまで頑張る。無理なら辞める。人に気を使わない。それが一番大事なことだと思います。皆さん頑張りましょう。

コミュニケーション能力

今日教員採用試験の面接練習を行った。今週の土曜日、初めて教員採用試験を受ける。私立の学校での常勤、非常勤講師の採用を目指している。

 

面接では志望動機や自己PRの他にも、教育について、授業について、生徒指導について、などどのように考えているかなどを聞かれる。今日の面接練習に備えて自分がどう考えているのか文章で考えてはいた。しかし、実際に面接練習をすると頭が回らなくなってしまった時間が多々あった。前もって考えてきた質問に対しては、具体的なことを聞かれると何も答えることができなくなってしまった。こうも喋れないと落ち込むという感情ではなくて、もどかしさ、不完全燃焼のような感覚になった。もっと考えて喋りたい。

 

普段から自分の意見を言うときは少し考えてから発言する。そのせいで言いたいことが言えなかったりすることが多々ある。面接の場で考えてから発言するなんて、普段から教育に関して考えていないのではと思われそうで、今日の練習では思いついた言葉をただ口にしたという印象だった。文章になっていない言葉を口にするような、自分でも何を言っているのかわからなくなってくる感じだった。実際面接の指導をして頂いたときには聞いていてつまらなかったと言われた。

 

誰でもそうだと思うけど、初めて会う人にあまり興味のない話題で話すことはあまりできないと思う。だから面接は練習するものだと思う。友達とyoutubeの話をするのとは訳が違う。だから面接の練習をするのだ。

 

こういう就職の練習は馬鹿馬鹿しいと感じる。こんなことができて何の意味があるんだと考えてしまう。なんでこう考えてしまうのだろう。相手に自分がどういう人間であるか知ってもらう履歴書や面接であるのに。こんなことしていても楽しくない、早く働きたいと思う気持ちが先行してしまってそんなことを考えるのだなと思う。でもこれは社会人になる人全員がやっている。こんなこともできないやつは何もできない。

 

自分も今まで生きてきて学校の勉強が著しくできない奴のことを、なんで勉強しようとしないんだ、馬鹿なのか、と考えることがある。それと一緒。自分が楽しければそれでいい、という考え方もあるかと思うが、やはり最低限のやるべきことをやった上でのことだと思う。自分は今最低限の作業をやっている。こんなことを考えていると自分は20代はある意味諦めている。社会の最低限をこなすのは本当に大変なことだ。余計なことをしている場合じゃない。やるべきことはちゃんとやる。そのうえで楽しむ。そうじゃなきゃ楽しめない。サッカーもルールをきちんと知らないと全力でプレーできない。ただただ走っていてもオフサイドで点が取れなかったりする。今はルールを覚えよう。いつか全力で試合ができると良いなと思う。

履歴書の書き方

今日ある高校に履歴書を出してきた。履歴書書くのって大変なんだね。何も考えずやるとめちゃくちゃ時間がかかる。今回は初めて真面目な履歴書を書いたので振り返ってみようと思う。

 

 

①まず大学の就職指導課など就活のアドバイスをしてくれる機関に履歴書を書く旨を伝える。

初めて書く人はまず履歴書の常識を知ることが大事だと思った。バイトの面接を何度かやってるから履歴書なんてすぐ書けるわ、とか思っていたら大間違い。実際自分は履歴書を書いてから就職指導課に持って行ったら笑われた。もう何から何まで駄目だった。先ず学校などで履歴書の書き方が説明されている冊子があるのでそれを受け取る。就職に関して指導してくださる方に履歴書はどのように書いたらいいですかと聞けばもらえる。それと冊子に載っていることのポイントなどを説明してもらえると良い。とにかく就活は誰か大人の人を味方につけるべきだ。

そんなのかっこわるい、俺は一人で就活するんだ。自己流でやっても学歴もあるし学生時代色々経験してるから大丈夫。などとは考えないこと。学生は思った以上に社会常識がない。こう思うのは自分がそうだからであって、他のみんなは常識があるのかもしれない。常識があるのかどうかわからない人は就職指導課にお世話になると良い。また学校の就職指導課だけでなくても直接会える就活のサポートをしてくれる大人であれば誰でも良い。親でも良い、履歴書の書き方を聞くと良い。

 

 

②自己PR、志望動機は考えすぎない。

自己PR、志望動機がスラスラ書ける人はここは飛ばしても良い。ポイントはスラスラ書くことだ。自己PRや志望動機は考えれば考える程嘘くさくなってしまう。自己PRは人から褒められるようなことがあれば自分でそうは思わなくとも書いて良い。志望動機も入りたい会社のホームページを見た感想を書くのでいいと思う。自分は案外考えすぎないタイプなので適当に書いて就職指導課に持って行き添削してもらった。自己PRも志望動機も一発でOKをもらった。

もし考えてしまう人は次のことを試してほしい。それは頭に思い浮かんだことを適当に紙に書く。それは他の人に見られたら恥ずかしいような文章を書くと良い。なるべく素直にはっきりと書く。実際、自分はこれを書いてから履歴書の文章を作っていった。例えば自分は他人より少しイケメンだとか、モテるだとか、なぜモテるのか、自分は自分のことを最強だと思うとか、なぜそう思うのか。そういったことを書く。その文章を本にして少しずつ人に見せれるような文章に仕上げていく。

「自分はイケメンだ」➡「私は表情に自信があるので第一印象を良くするために心がけています」

「自分は最強だ」➡「私は何事にも自信を持って取り組む努力ができます」

後者の文は自分が勝手に考えた駄文なので、就職指導課の人はもっと良い文章に添削してくれるだろうと思う。

ポイントは自分を着飾ることに、恥ずかしがらない、嫌気を感じないこと。自分はこの作業に気持ち悪さを感じているので就活というのが嫌いだ。だから4年の2月になっても就職先がない。でも世間はてめぇも着飾れない奴に何ができるんだと言っている。(少なくとも自分は世間がこう言っているように聞こえた)やらなくては。

 

③下書きをする。

書く文章とフォーマットがあればちゃちゃっと書いて企業に送れば良いが、履歴書というのは書き直しができない。自分は4年生の2月までこの事実を知らなかった。5枚くらい書いた後に下書きをしてから書いた履歴書がようやく完成形になった。おそらく文字にして2000くらいをものすごく丁寧な字で書いた。4時間はかかった。こうなるなら初めから下書きをしてから書けば良かったと思う。

あと履歴書に書く文章は一回パソコンで全て打ってみると良い。とても面倒な作業だが、やった方がいい。自分はこれをしないで今ものすごく後悔している。

履歴書を郵便局に持って行った後、念のため印刷した履歴書をふと見ると1文字だけ違和感があることに気付いた。漢字を間違えていたのだ。なんで今まで気付かなかったのか、、本当に情けない。丁寧な字で多くの文字を書く作業はとても大変だ。普段書かないような文章を考えるのにも頭を使う。もう書いているときの微妙な誤字脱字にも気付かない。送り仮名もこうだろうと思っていると実は違うということもある。

文章が出来上がったら一回Wordで打ってみる。その文章をシャーペンで薄く下書きをする。その上からボールペンで丁寧に書く。これが一番手順の少なくミスも出ない方法だ。

 

 

昨日今日とかけて人生初のしっかりした履歴書を書いて思ったことをまとめてみた。これから就職活動だという人は是非頑張ってもらいたい。(自分も頑張る)これはいつか転職するときの自分に宛てた文章にもなっている(はず)。

就職活動

就職活動のシーズン。1つ下の後輩たちは学内セミナーに参加していたみたい。学内セミナーに行った人はもう勝ちだと思っても良いと思う。まだ就職活動を始める気のない人はまだ焦らなくてよい。就職活動をする前に自分のぼんやりと思うことを大切にすることから始めたほうが良い。

1年前の自分は教師になろうとなんとなく考えていた。インターンや説明会にはあまり行かなかった。それはあまり後悔していない。何を一番後悔しているかというと、教員志望だったのに途中で大学院進学に路線を変更したことだ。後輩にこれだけは伝えたい。院進学はやめておけ。少しでも就職のことを考えたのなら就職活動をするべきだ。

 

でも大体何をすれば良いか、何をやりたいのかはみんな自然と考えていると思う。それすら考えていない人は考えたほうが良い。考えている人是非その考えていることを紙に書いてほしい。そして身近の大人の人に自分の考えを言ってほしい。これだけで自分は何を考えているのかがわかる。大体やりたいことがない人はいない。自分が何をやりたいのかがわからない人は大勢いると思う。自分が何を考えているのかは案外自分じゃわからない部分がある。今日考えていることが明日同じことを考えているとは限らない。就活をする前に自分のやりたいことを書き出しておくことは大切だと思う。何かに迷った時はそれを一読する。過去の自分の意見として今の自分の意見を考えていく。過去の自分の考えと今の自分の考えを比較出来るとよい。

 

あと就活するときに思っておいて欲しいことがある。これは当たり前のことなんだけれども、企業はあなたにお金を払う価値があるのかどうかを書類や面接などで決める。就活のある程度の常識もできないやつは採用しない。みんなそうかわからないけど、自分はなんとなく就活に対して少し嫌悪感がある。自分を偽って企業に元気な顔で受け答えをする。すごく表面的で気持ちの悪さすら感じる。でもね、そんなの世の中求めてないんだよね。かっこ悪いからって理由で就活もろくにできないやつは社会に出れない。いつまで夢見ているんだって話だよね。自分偽ろうが嘘をつこうがカラ元気だろうがやらなきゃいけないんだ。人に毎月20万ものお金を払うってそんなに簡単なもんじゃない。やっぱりイケメンがいいし美女がいいし、元気がある方が良いし、学生時代楽しんでいたやつが良いし。だから精一杯自分着飾るんだよ。

 

ようやく当たり前のことに気付いた大学4年生でした。

既卒の就活はしたくないよぉ。

みなさん頑張りましょう。

棒に振る

大学院を辞めようと考えたのは、2016年の10月頃。そして実際に辞めたのは、2017年の1月。辞めようと考えてから実際に辞めるまで5ヵ月掛かった。この決断が早いのか遅いのかわからない。大学院への入学前に辞退の手続きを済ませることができたので入学金を払うことが無く辞めれた。入学してしまうと学費などは返ってこない。中退も辞退も変わらないと考えると入学前の方が何かと失うものは少なくなる。

 

ただこの決断は果たして良かったのか。辞める際にその先の進路について考えることは重要だったと今は思う。考えるとは色々調べて知識を得てから考えることだ。辞めた後の進路について思いを巡らすことはあっても具体的な行動まで調べて計画することまではしなかった。今そのしわ寄せなのか、すごい焦りを感じている。

 

1月になり非常勤講師の募集に応募してみたり、大学の就職指導課で採用試験について話を伺うなど行動してみた。もちろん時間がない。もともと教員志望の人が非常勤講師を探すのと訳が違う。去年の10月頃に教員になろうかと考え始めた人間は非常勤講師になるのも大変みたい。まず圧倒的に知識が足りない。教師を雇う訳であり、適当な人間が採用されないのは当たり前。教職教養、一般教養、面接と最低限求められるものがある。圧倒的に知識のない自分は1ヵ月でこれらの課題に取り組まなければいけない。もしダメなら1年を棒に振ることになる。

 

もうやるっきゃない。何もしないと当然ニート確定。何かしてもダメならニート。もうニートでもいい。1年くらい棒に振ってもいい。ただいつの瞬間でもやるべきことはあるだろう。宿題が出ているなら宿題をする、お金がないならバイトをする、仕事では一生懸命働く、お腹が減ったらご飯を食べる。それと同じ。働きたいから勉強する。今年受かるか来年受かるか、再来年まで受からないか、わからないけど、働けるようになるまで勉強する。今求められていて自分も求めていることは、今年非常勤講師で採用されることだ。やるべきこと。できないけどやるしかないんだね。

働くことの意義

大学を卒業してからの進路が決まっていない自分。

このままいくと俗に言うニート、フリーターになってしまう。

いつかはちゃんと働かなければいけない。

そう考えているので少しずつではあるが教員採用試験に向けて勉強している。

 

もうモラトリアムは終わりにしなければならない。何がしたいかを考えるのも大事ではあるが、何ができるのか考えて行動しなくてはいけない。

 

一口に教員採用試験の勉強と言っても色々分野がある。

 

教職教養

教育に関する法律や教育の歴史、教育心理学などを問われるもの。

 

一般教養

学校で習う社会、理科、国語、英語など様々な知識を問われるもの。

 

専門科目

教師として教える科目についての知識を問われるもの。

 

あとは小論文、面接を行う。

今は教職教養の勉強中である。

 

教職教養を勉強していると学校がどのような目的で教育を行っているのかが分かってくる。

学校は子供の人間形成にとても大きな影響を受ける。ようは目的通りとはいかないが、教育によってその人の考え方を作る事ができる。将来日本を支えていく人たちを作っていくのでそれはそれはよく考えられた目的にそって教育がされる。

今思うのは子供にその目的をある程度理解させると良いんじゃないかと思う。

学校で教わることは意味ないと言う人がたまにいるが、教職教養を少しでも勉強しているとそんなことはないと感じることがある。

またゆとり教育が悪いと言う人もいるが、それもそんなことはないと感じることがある。

 

高校まで通っていて何を目的に勉強しているかなんて生徒はあまり考えていないように感じる。

少なくとも自分は高校までの勉強は良い学校に行くための試験勉強だけだと考えていた。高校のころから不安だったのが就職を考える時期に目的を見失っていることだった。大学生活で見つかるだろうと思っていたが、いまいち目的と呼べるものはまだ見つかっていない。ようするにやりたいことがあまりない。

 

自分らしく生きる、という言葉がある。自分はこの言葉の意味を少し勘違いしていたみたいだ。

自分の好きなこと、やりたいことを職業として生きていくことだと考えていた。その好きなことやりたいことを見つけるために学校があると思っていた。

 

学校におけるキャリア教育について文部科学省のホームページにこのようなことが書いてあった。

「人は、このような自分の役割を果たして活動すること、つまり「働くこと」を通して、人や社会にかかわることになり、そのかかわり方の違いが「自分らしい生き方」となっていくものである。」

 

この文章を読んで、自分は何をしたいかではなく、何ができるのかを考えて行動することが、自分らしく生きることだと感じた。

自分のしたいことだからこそできるからしたいことをする。

今まで思っていたことの順番が違ったのかなと思う。

 

もっともっと勉強しなきゃね。

新卒採用

大学院進学辞退してから将来が決まらない。

社会人になるって大変なことなのね。

そりゃ毎日youtubeとゲームに時間を費やしている人間は使いたくないよね。

卑屈になっていく。

誰のせいでもない。自分のせい。

 

大学院進学を考えているときからもう甘かった。

高校受験より大学受験が難しくなるように、大学生から社会人になるのはより難しくなる。この進路選択を一番見誤った。

勉強する気がないのに大学院入試を受けてしまった。

勉強する気じゃない。訂正する。

勉強する気はあったけど研究する気はなかった。

しかも2年間の自分の生活を投げうってまで研究するなんて全く考えていなかった。

朝9時から夜9時までの実験を週6日。残りの時間で研究に必要な論文を読んで勉強する。

考えたこともなかった。

そんなことも考えないで大学院を志望したことを後悔している。

全ての研究室がこんな生活ではないと思う。

しかし自分の所属していた研究室はそういう生活を求められていた。

 

実験をしないのは論外。勉強不足は言い訳にならない。

「そんなこともしらないのか、研究する気ないだろ。」

「論文ばかり読んで実験しないって何しに来てるの?」

「なんでこんなことが理解できないの?辞めた方がいいんじゃない?」

問答無用

 

社会ってこういうことか。って少しだけ味わえた。

誰しも目的や目標があって生きている。仕事をしている。

会社は利益を出すことが最大の目的であって、研究室は自然科学の発展を目標にしている。

それに貢献できない人間はいらない。貢献できる人間になるために22歳まで学生をしていたはずだ。

だから多くの人は社会人として生活できる。

貢献できない人は貢献できるようになってから来てくれ。

 

 

研究室はとても閉塞的な環境と言われる。しかも異常なまでの閉塞的な環境。

貢献できない人間は言葉で言う。態度に示す。

 

研究するのは当たり前。研究のことを考えていて当たり前。それもできないで何もできないのが居ても困る。

 

ちゃんと将来のことは考えましょうね。ってお話。

今がいいチャンス。

もうお腹いっぱいになるまで考えさせていただきます。